1 はじめに

昭和の時代は、1945年までは戦争に次ぐ戦争でそれ以降は戦後復興の時代となる。第二次世界大戦中は、油圧技術も技術革新の時代となり、最高の制御技術と言われたサーボ弁もその当時に開発されたものである。
第二次世界大戦中に独逸軍がVⅡ号(大陸間弾道弾又はミサイル)を開発し北海を越えて英国のロンドンを攻撃したことは記憶に新しいが、その後、その技術はソビエト連邦とアメリカに移り人口衛星及び月ロケットに繋がってゆく。これは当時大学院生であったWilliam C Moogが開発したもので、当時はまだON/OFF制御方式であった。戦後開発研究の舞台は、米国に移り、Moog博士もCornell Aeronautical Reserchの研究員として、ミサイル用サーボ弁の研究に従事し、1942年ノズルフラッパー型サーボ弁を開発した。そのノズルフラッパー型サーボ弁が日本へ初めて輸入された時に、まだサーボ増幅器が出来ていなかった。サーボ増幅器がなければサーボ弁と言えどもただの箱である。ムーグ社へ注文してもまだ出来上がっていないという回答で日本側で作る以外手がないと言うことで、第一電気株式会社へ白羽の矢が立ち、開発を開始したのが始まりである。
日本で最初に開発したと言うことは、世界で初めてサーボ増幅器を開発したことになる筈である。その後約70年間この増幅器のコンセプトは殆ど変わっていない。所謂ハイゲインのオペレーショナルアンプにフィードバックをかけて使用する方式である。

ロケットの姿勢制御、高級プレスのロッド位置制御、振動試験機、レーダーと連動した高射砲の自動照準、魚雷の自動操縦等の分野で急速な進歩を遂げてきた。
全ての油圧制御弁の中で最高性能と言われるサーボ弁も泣き所はあるが、それに代わるものはないと思われてきた。筆者もその一人で、最早改良の余地はないものと考えていた。所が次に説明するとんでもない事故の発生で、一つのアイデアが浮上してきた。

2 日航機の墜落事故

羽田発大羽大阪(伊丹空港)行き日本航空ジャンボ123便が群馬県上野村御巣鷹の尾根へ墜落し520人の命が奪われた事故から約50年が過ぎ去ってしまった。毎年8月になるとたくさんの遺族が登山口に集まり、険しい山道を連なって一歩一歩登っていく様子が報道されている。
このような悲惨な事故が油圧配管の破断が原因で発生したことは、油圧機器製造に携わるものにとって、正に青天の霹靂である。
安全のために全ての操縦系統が4系統の油圧制御になっていたにも係らず、尾部の狭い空間にその4系統の油圧配管が一束に纏められていた所を圧力隔壁の破裂により、一瞬のうちに全て切断されてしまったら操縦不能になることは誰でも理解できるであろう。
陸上の油圧機械ならば、例え油漏れが発生しても、火災にさえならなければタンク内部の作動油が全て流出してしまえば自然に停止するだろうと高をくくっていたものが、空のうえの油漏れはどんなに大型の飛行機でも墜落以外考えられないとなると、油圧の仕事から手を引きたくなって来るのも当然であろう。
事実この事故と相前後して、油圧から電動アクチュエータへと乗り換える動きが雪崩のような勢いとなってきた。
確かに油圧の大推力を必要とする大型機械は、油漏れに手を焼く、エネルギー効率が悪い、熱がでる、うるさい、振動が酷い等多くの欠点を指摘され電動機を直接駆動源とした電動アクチュエータにその主力の座を奪われたのも当然のことと考える。
然し大型飛行機が音速に近い速度で飛行すると、垂直尾翼又は水平尾翼等の姿勢制御用のフラップは旗がはためくような振動を起こし(フラッター現象と言う)放っておくとフラップが破壊されてしまう。このフラッター現象は非常に剛性の高い油圧シリンダを使用して抑え込む以外方法がないことも広く知られている。従って高速で飛行する航空機の姿勢制御を電動アクチュエータで行うことは出来ない。
できないとは言いながら油圧制御を採用するのはなお怖いとなると、どのような対策をたてたらよいのであろうか。筆者は油圧装置から配管を追放することができれば墜落原因を少なくとも一つは減らすことが可能であると考えた。その方法は電動機、油圧ポンプ、油圧シリンダを一体に纏めハイブリッド化してしまえば配管は内部に隠れ外部には現れないと考えた。但し、試作してみると今度は制御弁が邪魔になってきた。ハイブリッド化すると言うことは小型軽量化を目指すことになり、制御弁の寸法、重量が小型軽量化を邪魔することになってくる。

但し制御弁を追放するためには別の制御手段を考える必要が出てくる。制御弁に替わる別の制御手段を一年近く模索し、サーボモータで油圧ポンプを直接ドライブすることを考えた。油圧ポンプを正逆回転させることにより作動油の吐出方向を変えることが出来る。これは即ち方向制御弁の機能を肩代わりすることになる。油圧ポンプを停止させれば作動油の吐出も止まり、ストップ弁の機能と同等である。油圧ポンプの回転速度を変化させれば作動油の吐出量もそれに比例して変化する。これは正に油量制御弁の機能である。サーボモータの出力トルクを制御するとそのトルクに比例した油圧が発生する。従って圧力制御弁がなくても圧力制御ができる事になる。
方向制御弁、油量制御弁、圧力制御弁が無くなると言うことは全ての制御をサーボモータで行うことを意味している。即ちコンピュータ制御である。
標準的なものを写真1に示す。右側がアクチュエータで左側がコントローラである。
このように配管及び制御弁を追放し電動機、油圧ポンプ、油圧シリンダを一つに纏め、ハイブリッド化することによって小型軽量のアクチュエータが出現し、然も極めて高剛性で高効率とすることができた。従来のオープン回路方式の油圧装置と比較し、エネルギー損失が非常に低いため油温の上昇も殆ど無くなった。
油温の上昇が無いため大きな油タンクも不要となり、作動油の使用量も従来と比較し1/40~1/50とすることができた。従って廃油処理も楽になり環境保護の恰好の題目となるであろう。

3 ハイブリッド・アクチュエータ

このような制御弁を使用しないアクチュエータを電動アクチュエータと油圧シリンダの複合製品と考えハイブリッド・アクチュエータと命名した。
ハイブリッド・アクチュエータは制御弁を使用せずにサーボモータで制御するとなると、これは最早油圧制御の範疇から外れてしまい電動アクチュエータとなってしまう。何故ならば電動機の回転エネルギーで油圧シリンダを動かすとなると作動油はサーボモータの回転エネルギーを油圧シリンダのロッドまで伝達するための力の媒体であると考えることが出来る。となると制御はサーボモータが受け持つことになるので電気制御と言わざるを得ない。従ってこのようなハイブリッド・アクチュエータは電動アクチュエータと定義するべきである。
ハイブリッド・アクチュエータは電動アクチュエータの特徴を全て備え、然も油圧シリンダの高剛性も併せ持っていることになるので折衷案として電動油圧アクチュエータと呼んだ方がより自然であると考える。
従って、従来のオープン型の油圧装置では極めて困難な位置の制御と推力の制御を同時にこなすことが出来るようになり、位置の制御はミクロンまで可能、推力の制御はフルスケールの1/4000程度まで出来るようになってきた。
非常に単純で小型軽量にも係わらず極めて高精度の制御機能を有し、然もエネルギー効率が極めて高く、振動、発熱も激減させることができた。
このように航空機の墜落原因を一つでも減らそうと考えた結果としての産物が事故の防止及び地球環境保護のために役立つ事になってきた。
外国でもこのようなアクチュエータはEHS(Electro Hydraulic System)又はEHA(Electro Hydraulic Actuator)と呼ばれ電動アクチュエータの範囲とされている。
20世紀の油圧機械は制御弁の時代とすると、21世紀は電動油圧アクチュエータの時代とよばれるようになるであろう。
正に平成はこの20世紀と21世紀の挟間に位置しており油圧制御技術が激変した時代と言っても良いのではなかろうか。
東海道新幹線の次世代車輛「N700S」確認試験車が2019年3月20日から試験走行を始めており、2020年の営業車両投入を目指し搭載する新技術の最終確認を進めている。
この最新技術の中で油圧に関するものはグリン車の乗り心地を高めるフルアクティブ制振制御装置がある。新幹線車両の初期のものはオイルダンパーを使用して車両の横揺れを防止していた。所詮パッシブ型(油の粘性を使って揺れを少なくする方式、受動型)(第1図)のダンパーを使用していた。次はセミアクティブダンパーが使用された。これは、オイルダンパーのピストンに開けたオリフィスの絞りを制御しダンピング特性を制御するものであってパッシブ型の一種である。「N700S」になってやっと本当のアクティブ型が登場してきた。これは、制御装置と言うよりは能動型の油圧シリンダを使用し、揺れと逆の方向に車体を押して結果的に揺れを抑える方式のものである。これは紛れもなくハイブリッド・アクチュエータである。
この方式の利点は、カーブに差し掛かった時にあらかじめ車体を傾けておくことができる。
以前振り子型の電車があったが、カーブの時に車体を傾けることは出来ても横揺れが生じてしまい乗客が酔ってしまい何時の間にか姿を消してしまった。